鎌倉にて…
パリと行き来をするようになったある時、鎌倉駅西口に降り立ってちょっと
した驚きを覚えたことがある。視界に緑の小高い山が飛び込んできた。「こん
な街だったのか」と新鮮な思いで見入ってしまった。
それから時々、注意して歩いてみると、一年中観光客の絶えない鎌倉は、何
気なく、そこここに緑がありお寺があり、海があり、路とも言えない小道が隠
れ、美味しいお店もある思いの他楽しい街だということに気が付いた。生まれ
て育った街というのは、どんな景色も、そこに在る事があまりにも当然で、今
まで多くのものを、視界に入る風景の一つとしてしか捉えていなかったと思う。
鎌倉人の雰囲気というものも、最近少し、感じ分けるようになった。こう書
くところがそもそも、私が”鎌倉人”である所以なのかもしれない。もちろん
人に差異はなく、全ての人が生活を楽しみ、時に迷い、音楽を聴き、自分の音
を奏でる心を持っている。全ての人々は、愛おしい。けれどその前提のもとで
敢えて”鎌倉人”と言うとき、それはまぎれもなくこの鎌倉の気候風土歴史、
潮気をほのかに含んだ穏やかな風や太陽がここに住む人々に与えた温和さ、と
でも表現できるような何かが、鎌倉のひとびとには内在している。
時代の流れがまたたくように速い今、東京もパリも刺激的で、人と時間の動
きがまるで連写されたコマ送りのフィルムのように切り取られて行く。目が回
るほどの変化に、胸躍る昂揚を与えられると同時に、やすらぎと小さな愉しみ
はかき消されてしまう。
鎌倉の時間はどこかゆっくりと流れている様な気がする。それは退屈という
言葉には当てはまらず、原色の持つ強さでもない。人の呼吸に寄り添った時間
の流れ。
そんな鎌倉で、音楽をもっと身近に、時には手の届くところで、あるいはこ
の街の誇れる歴史や自然の中で楽しむことができれば、と思う。音楽と生活の
つながり、和と欧の出会い、芸術と文化の融合、何か楽しいこと、そしてこれ
からの鎌倉をもっと魅力的にするために出来ること、を考えるこの頃である。
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