バルトークの宇宙

ソロ・ソナタ第一楽章のラストに、三度続く長いBフラット音がある。
それは静かなピッツィカートを伴いながら、一つづつ、微かに和音が拡が
って行く。
こんなにもあたたかく、こんなにも切なく、そしてこんなにも遠い音があ
っただろうか。
どこにも向かわない、ただそこに存在し、消えて行く音がある。

 ドナウ川沿いから眺めるブダの王宮の丘は、夜、数え切れないほどの灯
に照らされて黄金色に輝く。川面には灯の柱が延び、あたかも川は止まっ
たよう。見つめる空はなお暗く、深い。マーチャーシュ教会の、奥から高
い天上へ響く、単調な祈りの調べ。それは繰り返し、繰り返し、絶え間な
く、永遠(とわ)に流れる。包まれるうちに、時間が消え、存在が消え、
そこにあるのは、音と光だけだった。あるいは地下のレストランのフィド
ラーたちは、半分だけ微笑みながら、弓をこする。彼らの弾くハンガリア
舞曲は、皿の、ちょうどよい温かさと匂いにまじって、心地よく、楽しげ
に流れる。黒く高い建物の並ぶ街並みと人々の表情には、経てきた刻(と
き)の重みが色濃く残っている…そんな風にも感じた。

 バルトークはスピッカート(弓を短く切ること)を嫌った…と話したの
は、アンドラーシュ・キシュ氏だった。なぜかは解らないけれど、と。だ
から、なぜかは解らないけれど、その時ラプソディーを、スピッカートを
排して弾いてみた。引きずるような音が重なる…そこには、土の匂いから
離れられない田舎で、酒を飲み、足踏みをし、踊り、思いを語る人々の姿
があった。それは、フィドルを肩にずらして、言葉とも付かない声を発し
ながら朝まで鳴り続ける、楽譜のない音楽だった。バルトークがスピッカ
ートを望まなかった理由…それはきっと、言葉にすることの出来ない民族
の血。私はマジャール語を知らず、ハンガリー人たちの暮らし、悲哀、喜
びを多くは見ていない。けれど今、ラプソディーの歌を演奏するとき、少
しだけ、その血が身体に流れるような気がする。

 バルトークの音楽は、夢を見ない。根底に流れる人々の生き様と土臭さ。
まさしく地を這うような、逃げることのできない現実。けれどそれを受け
入れ、見つめつづけ、いつか昇華された時、現実は永遠の真実になる。バ
ルトークの深遠なる宇宙は、私にとって限りなく、あまりにも美しく、そ
神々しい。

2004'3'14 - 梅津美葉ヴァイオリンリサイタル「バルトークの宇宙」

《バルトーク》
ファースト・ラプソディー
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ
ルーマニア民俗舞曲
セカンド・ラプソディー
ヴァイオリンとピアノの為のソナタ第二番